一緒になって、「理解者」のつもりでゲームやアニメに興じてはいけない
発達障害関係のよくいわれる「ジョブズ」がとか「ビル・ゲイツ」がとかそれは読んでていて楽しいですが、副作用もあり、子供には妙な全能感を与えてしまうし、青年就労時期には、ありもしない仕事を探してしまうという悲劇に往々にしてなります。
ですので、本当にわが子や友人を心配なら、その者らが「発達障害傾向」の依存でゲームやアニメにはまり「その道へ行くんだ」と言いだしたら、そんなものはこの田舎にはないよ、とか、東京へ行くなら行くであたしゃ援助しないよ、と「突き放すこと」です。
一緒になって、「理解者」のつもりでゲームやアニメに興じてはいけないし、また、特別支援だとか就労移行支援だとかに期待してはいけません。そして意味不明な発達障害をネタにした講演へ行ったりするのは言語道断です。カネをむしられるだけです。
親は親の義務を放棄してはいけない。我が子が発達障害児であろうがなんだろうが「愛せよ」。特別扱いは許されない。
「シャラップ外交」は日本外交の伝統芸なのかw
韓国は他国であるのに、日本のタテ関係へ勝手に日本側が入れている。日本が上で韓国が下というランク付けです。日本人は何事もランク付けしないと気が済まない国民性なのか、国際関係さえもタテ関係で見てしまい、困ったことになります。
例えば、以前、日本の外交官が「シャラップ」とモーリシャスの委員へ放った言葉が典型的です。
動画を見てください。
ちなみに私は英語は得意ではありませんが、この発音は下手の部類ではないでしょうか。
こういうことが、日本外交が「困ったこと」へ至る。
現在の韓国との外交もこの「シャラップ外交」とまったく相似形です。
安倍晋三が「頭にきた」と吼えるのと上田国連人権大使が「シャラップ」と怒鳴るのとまったく同じ「差別心理」に根差した外交です。
労働者は困ったら図書館か労働関係本がたくさんある施設へ行け
手順としては労働者は職場でなにやら困ったら図書館か労働関係本がたくさんある場所へ行き、労働法の本を読む。そして、自らの困りごとは何に当てはまりどうしたらよいかを探る。
そして、その困りごと解決のために労基なのか職安なのかそれとも民事で闘うには弁護士なのか労組なのか
、まずは自分が主体的に動くことが大事だ、
例えば、未払い賃金、いわゆるサビ残の違法は明らかに労基法違反だから、タイムカードやそれに類する記録、さらにはlcレコーダーで管理職の発言などを録音をしておくとなお良い。
有給を取らせない、などは、さらに簡単だ。労基署へ行き、いえば良い。私はこの企業で◯年間働き、有給を使用させてくれません、と申告すれば良い。記録は企業が労務管理のために資料として存在している。だが念のため、契約書と求人欄は所有し、その書面を見せて労基署へ申告すれば良い。闘うとかそんな話ではない、事務作業だ。
パワハラ、セクハラ関係は民事で弁護士を立てて、この場合は、まさに闘う、だ。
様々なケースがあるので、それは一概に労基へ行けとも労組へ行けとも言えない。そもそも、労組は個別紛争は苦手分野である。
つまり、まずは知識を得ることだ。
保守右翼はなぜか国家を人のようにみている
安倍政権に顕著であるが、保守右翼はまるで国家を一つの人格があるかのような擬似人間モデルを想定して述べているように私には見える。
韓国への保守右翼の非難はまさに韓国という国家を一つの人格があるかのような擬似人間モデルとして、非難するその韓国の特徴をまるで人間に対しお前は顔がブスだのといったかのようなヒステリックな説明をしている。典型的な論がレーダー照射だ。まるでお前ガン飛ばしたやろ、くらいの幼稚な主張をしていて、日本国民の一人として私は恥ずかしい。
私の推理的な分析では、日本は企業すら法人という人格的な存在として認識しており、企業も国家も自然生命であるかのような感覚を抱いているのではないか。
事実、保守右翼は国柄という謎のワードを拵えた。藤原正彦という学者がそれを喧伝していた。
しかし、国柄?は?え?ではないか。
国家とはあくまで人間が法的に統御する人工物に過ぎない。そんな人工的機能しかない国家へ、柄とは?え?不思議な話だ。さらに日本では企業の遺伝子という妙な表現をするが、企業もあくまで、利益を得るための人工的組織でしかない。そんな人工に遺伝子があるわけがない。
安倍晋三がやっているのは気にくわない韓国を人間のように見立て、隣の家が気にくわん、と国家である韓国へいいがかりをつけているに過ぎず、なぜ、そんなアホな政権が、一応w、先進国の日本で存在しているのか。
安倍晋三とは、日本の中で自閉したい連中にとっては心地よいメロディーを奏でており、その連中はイイかもだ、と見ているのが余命三年というネトウヨ煽動者であり、政権に近づけば私益を得られるというだけが古市や落合陽一や三浦瑠麗であり、といったカネだけ亡者が安倍政権の本質であり、それが現在日本の核心である。
保守右翼はnationとstateを混同しごちゃ混ぜにして述べるから国家をめぐる話題の論点が混乱する。
保守右翼には、それはnationとして国について語りたいのか、stateとして国に語りたいか、確認してから議論した方が良いのかもしれない。
発達障害者に対するステレオタイプな決めつけでアプローチする支援系のアホらしさ
発達障害者はオタクになりやすい、とか、そういうステレオタイプがありすぎる。
だが、人間は環境作用もその人に影響を与える。例えば、女の子として生まれたから女の子として育てる、というファクターも加わり、そう簡単に発達障害者は〇〇だから、というような決めつけを疑わなければいけない。
そして、発達障害者支援系にある思い込みは発達障害者はアニメオタク、ゲームオタク、という勘違いだ。それは、若者がはまっているだけで、なんら発達障害の特性とは関係ない。全く私のように興味のない発達障害者もいる。支援系が発達障害=オタクという勘違いでアプローチすると、単なる雑談に終始してしまい、何をしているのか全く不明な時間が流れる。
発達障害に対してステレオタイプ像を抱き、勝手なブログラムをワークショップと称し、行うのは発達障害者をバカにしている。
重要なことは、個々の発達障害者に対する特性を見つけ、いかに尊重していき、さらに、実社会ではどう振る舞うか、などなどを教えなければいけない。
発達障害者でもADHDの特性の衝動性、激昂生で暴行をすれば暴行罪適用である。そのような知識も得る必要がある。家族力とか遊んでふざけている場合ではないのだ。
ソーシャルスキルより生きるにはライフスキルだ。