仕事は生きがい、とは、生き害のことである
仕事が生きがいだとしても、会社からの業務過多により、健康を害し、死ぬまで仕事したのでは、生きがいにならないではないか。死んだら生きがいにはならない。
過労死は、死んでいるから、生きていないから、生きがい、ではない。
死ぬまで、生命の炎を燃やし尽くすまで、会社の業務過多の仕事に没頭させられるのは、不幸でしかない、そんな状態は、生きがい、は、生きがいでも、生き害である。
仕事が生きがいという状態は、仕事を通じ、幸福を得られる状態を指すのであり、それは、仕事に没頭させられる業務過多のことではないはずである。
もし、経営者が、仕事が生きがい、ということをいいタイのであれば、仕事を通じて得られた幸福を従業員が述べるときにしか言えないはずだ。
仕事は生きがい、はあくまで、仕事をした人間の実感という感想レベルでしかない。
そのような感想レベルが、労働の制度改革の際、話すのは、話すものが、何も考えていない、と同じである。