コミュニケーションなるあやふやな概念は弄ばないほうがいい、というか全くコミュニケーションなどいらない
シンプルに分ければ すべきこと したいこと しなくてもよいこと が存在するだけである。
自転車は乗れないと困るので、すべきことだが、自らADHDの星野仁彦先生は自転車は乗れない。本人にとってすべきこととしたいことがマッチすればよいわけで、他人がこれが良いのよ、とリスクヘッジのように与えるのは結局、身につかない。こどものときに潰しが効くためにとあれこれさせてもできる子はいいが、できない子はつらいだけではないか。そう考えると、コーヒー焙煎をしている男の子はすべきこととしたいことがマッチングしたよい例です。生きていくうえで、それぞれの自分にとって何が必要か。それはコミュニケーションではない。コミュニケーションが一番大事だという人は、組織人です。ではコミュニケーションというべきではない。組織人教育というべきです。
映画監督の山下耕作は、東映入社試験でトップの成績だったが、当時の東映は縁故採用が主だったので、不採用だったが、岡田茂だかが、採用した。採用したはいいが、喧嘩ばかりするから、岡田茂から助監督を命じられた。そして監督になった。山下はコミュニケーション不適格だが映画監督として成功している。コミュニケーションなるあやふやな概念は弄ばないほうがいいい、というか全くコミュニケーションなどいらない。
コミュニケーションだけが巧みな奴など、オレオレ詐欺のような奴しか思い浮かばない。
もっと単純にいって自分にとってする必要がなければしなくてもよいんですよね。何かをやらせたい人が相手がしたくない、といえば、はい、で終わります。したくない、といっているから重要性はないんだよ。社会にはそういうbullshit jobが多い。